突然降ってきた「お墓の引き継ぎ」
「お墓を引き継いでほしい」
ある日、義実家からそう言われたとき、私は胸の奥がザワッとしました。
主人は三男。まさかうちにお墓の話が回ってくるとは、正直まったく想像していませんでした。
理由を聞くと、上のお兄さんたちの子どもは結婚の予定がなく、将来お墓を守る人がいないからだということでした。
理屈は理解できます。でも同時に、「なぜうちなの?」という思いが拭えませんでした。
うちの子どもたちも独身で、結婚の意思はありません。
つまり、いずれお墓を引き継ぐ人がいなくなる可能性は、どの家も同じなのです。
「先の話」と言われたことへの違和感
私は主人に、「もしうちが引き継いだとしても、いずれ墓じまいをすることになるよ」と伝えました。
でも主人は「まあ、先の話だから」と軽く受け流します。その一言に、私はさらにモヤモヤしました。
先送りにしているうちに年を重ね、判断力や行動力が弱ってしまったらどうなるのだろう。
その時にすべてを子どもに押し付けてしまうのではないか――そう思うと、胸が苦しくなりました。

私が入りたいお墓

正直に言えば、私は嫁ぎ先のお墓に入るつもりはありません。
いろいろな思いがあり、心から安らげる場所だとは感じられなかったからです。
それよりも私は、実の両親が眠る共同墓地に、私も一緒に入りたいと思っています。
幼い頃から育ててくれた両親のそばで、静かに眠りたい…それが今の私の正直な気持ちです。
そう考えると、なおさら義実家のお墓を引き継ぐ意味が分からなくなりました。
「守ってほしい」と言われても、私の心がついていかないのです。
子どもに負担を残したくない
もし何も決めないまま私たちが年を取ってしまったら、最終的に墓じまいの負担は子どもたちにのしかかります。
それだけは絶対に避けたいと思いました。
この話を子どもたちにすると、はっきりと言われました。
「結局、三男だから面倒なことを押し付けられただけだよね」と。
その言葉は少し厳しかったけれど、どこか核心を突いているようにも感じました。
いまどきのお墓問題
お墓は先祖を大切にする場所であり、心のよりどころでもあります。
しかし同時に、管理や費用、将来の責任がセットになった“現実的な問題”でもあります。
いま日本では少子化が進み、結婚しない人も増え、お墓を守る人がいなくなる家庭がどんどん増えています。
きっと私たちだけの問題ではありません。
だからこそ私は思います。
「お墓は引き継ぐもの」という考えに縛られすぎず、家族で正直に話し合うことが大切だと。
墓じまいを選ぶことは、先祖を粗末にすることではありません。
むしろ、残された家族が無理なく生きていくための一つの選択肢なのだと思います。
私はまだ元気な今のうちに、主人とも子どもともきちんと話し合い、後悔のない決断をしたいと思っています。
追記:いまの私の結論
この記事を書いたあとも、お墓のことは正直ずっと心のどこかにあり、何度も考え続けていました。
そして家族とも話し合いを重ねた結果、いまの私の気持ちははっきりと決まりました。
まずは主人の気持ちを尊重し、主人が義実家のお墓に入ることは受け止めたいと思っています。
そのうえで、主人が亡くなって何年かしたあと、私がまだ元気で判断できるうちに、責任を持って墓じまいをしたいと考えています。
そして将来は、そのお墓に入っていたご先祖様や義両親、そして主人を含めて、みんな一緒に共同墓地に納めたいと思っています。
これは決して「片づけたい」という気持ちではなく、子どもたちに負担を残さないための、私なりの覚悟ある選択です。
同時に、私自身は両親が眠る共同墓地に入りたいという気持ちに変わりはありません。
育ててくれた両親のそばで静かに眠りたい…その思いも大切にしたいと思っています。
お墓の問題に正解はありません。
でも、先送りにせず、元気なうちに自分の意思で決めておくことが、いまの私にできる最大の責任だと感じています。
もし同じように悩んでいる方がいたら、「自分はどうしたいのか」をまず大切にしてほしいと思います。
家族への思いやりと、自分の気持ち。その両方を大切にしながら、一緒に考えていけたらうれしいです。

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